父の日 12008-06-15 Sun 22:48
今年の『理想の父親ランキング』、6位に水谷豊
今日は“父の日”。やっぱり自分のお父さんが一番だけど、テレビなどでの活躍を見て「この人がお父さんだったら……」なんて想像したことがある人も少なくないのでは? オリコンでは、昨年に続き今年も『理想の父親(タレント編)』についてアンケート調査を実施。その結果、2年連続で【所ジョージ】が理想の父親1位を獲得。また、映画『相棒 劇場版/絶体絶命!42.195km 東京ビッグシティマラソン』や、久しぶりのCDアルバム『TIME CAPSULE』のヒットで人気上昇中の【水谷豊】も6位にランクインした。 (オリコン) 記事 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080613-00000013-oric-ent 理想のお父さんTOP10はこちら TOP10の顔ぶれをみるとやはりなるほどと思わせます。 人気度や「おもしろさ」だけでなく「優しさ」や「頭のよさ」 多芸な才能なども重要なポイントのようですね。 ちなみにアーチスト編では 1位 桑田佳祐 2位 福山雅治 3位 所ジョージ キャラクター編では 1位 バカボンのパパ 2位 荒岩一味(クッキングパパ) 3位 フグタ マスオ(サザエさん) バカボンのパパ・・・・・・・なんかわかる気もしますね。 「これでいいのだ」と聞こえてきそうです。 父の日ということで「父」をテーマにしたお話をネットでひろってみました。 父さんありがとう 俺の母親は、俺が2歳の時にがんで死んだそうだ。 まだ物心つく前のことだから、当時はあまり寂しいなんていう感情もあまりわかなかった。 俺が小学校に入学してすぐ、父母同伴の遠足があった。 父は仕事で忙しく、一緒に来られなかった。 一人お弁当を食べる俺を、友達のY君とそのお母さんが一緒に食べようって誘ってくれた ので、寂しくもなかった。 でもなんとなく、Y君のお弁当に入っていた星形のにんじんがなぜだかとっても羨ましく なって、その日仕事から帰ったばかりの父に「僕のお弁当のにんじんも星の形がいい」 ってお願いしたんだ。 当時の俺はガキなりにも母親がいないという家庭環境に気を使ったりしてて、 「何でうちにはお母さんがいないの」なんてことも父には一度だって聞いたことがなかった。 星の形のにんじんだって、ただ単純にかっこいいからって、羨ましかっただけだったんだ。 でも父にはそれが、母親がいない俺が一生懸命文句を言っているみたいに見えて、 とても悲しかったらしい。 突然俺をかき抱いて「ごめんな、ごめんな」って言ってわんわん泣いたんだ。 いつも厳しくって、何かいたずらをしようものなら遠慮なくゲンコツを落としてきた 父の泣き顔を見たのはそれがはじめて。 同時に何で親父が泣いてるかわかっちゃって、俺も悲しくなって台所で男二人 抱き合ってわんわん泣いた。 それからというもの、俺の弁当に入ってるにんじんは、ずっと星の形をしてた。 高校になってもそれは続いて、いい加減恥ずかしくなってきて「もういいよ」なんて 俺が言っても、「お前だってそれを見るたび恥ずかしい過去を思い出せるだろ」って 冗談めかして笑ったっけ。 そんな父も、今年結婚をした。 相手は俺が羨ましくなるくらい気立てのいい女性だ。 結婚式のスピーチの時、俺が「星の形のにんじん」の話をしたとき、親父は人前だってのに、 またわんわん泣いた。 でもそんな親父よりも、再婚相手の女の人のほうがもらい泣きしてもっとわんわん 泣いてたっけ。良い相手を見つけられて、ほんとうに良かったね。 心からおめでとう。そしてありがとう、お父さん。 父子家庭のせつない話 小さい頃に母が死んだので、兄ちゃんと俺は親父に育てられた。 まあ不器用な人だったから、 素直な兄とは違って、俺はいろいろ親父と衝突した。 それでも兄弟二人、無事に社会人になり、 両方合わせて5人の孫を親父に見せてやれた。 そんな親父がガンで入院。 もう助からないのでモルヒネで痛みを和らげて最後を待つ日々になった。 モルヒネの幻覚作用で訳の分からないことばかり口走る親父を見て、 夢見ながら楽に死ねるのがせめてもの救いかな、 なんて兄ちゃんと話していた。 ある日、俺が付き添ってるとき、急に俺の手を握って真顔になり、 「ちゃんと飯くってるか?風呂入ってるか?病気とかしてないか?」 とか心配し出した。 「ああ、大丈夫だよ」と答えると、手に力を込めて 「父さん、お前のこと分かってやれなくてごめんな」と言った。 それきり、また幻覚の世界に戻っていった。 親父が死んで遺品を整理していたら、 小学校の頃の作文とか通知票とか、社会人になって 初めての給料で買ってあげたネクタイとか、 いろんなものが詰まった衣装ケースが 俺の分と兄ちゃんの分、宝物のように大事にしまってあった。 母が死んでから再婚もせず、好きな釣りもやめて 仕事と子育てに追われるだけの日々を送った親父。 これから孝行してやれたのに。早すぎるよ・・・せつないよ・・・。 息子 5年前、女房が男を作って、4歳の息子を残して家出した。 母親を求めて泣きわめく息子を最初は正直疎ましいと思った。 1週間もすると、二人とも現実を受け入れなきゃならないと 痛感するようになり、そのうちに男どうしの生活もうまく回り始めた。 慣れない家事をやってるうちに、何もかも女房任せにしていた 自分も悪かったかなとか思うようになった。 1年もすると、料理や家事もそれなりに上手くなり、 息子とも最高に仲良くなれた。 突然、女房に雇われたという弁護士から連絡が入った。 俺と正式に離婚して、さらに息子を引き取りたいと言う。 なんでも女房の相手は結構な金持ちらしく、あちらも奥さんとの離婚が やっと成立したそうだ。 ふざけるなと言う俺に、裁判をすれば親権は100%母親に行くと弁護士は 強気だった。 その夜、風呂に入りながら息子に 「ママがお前と暮らしたいって言ってるけど、どうする?」と聞いてみた。 案の定、息子は目を輝かせながら「いつ?いつ?」とはしゃいだ。 息子が嫌がったら絶対に渡さないと思っていたけど、あの目を見たら、 俺と暮らそうとは言えなかった。 いろんな手続きがあって、息子は(元)女房のところへ行ってしまった。 数週間後、俺の口座に大層な金額が振り込まれていた。 その日に届いた手紙には、息子は新しい父親に懐いている から、もう会わないで欲しいと書かれていた。 ドブに捨てるような使い方をしてやろうかとも思ったが、 その金には手を付けないことにした。 息子が成長して免許を取ったら、車でも買ってやろう。 それまで俺のことを覚えていてくれるだろうか。 次回につづきます。 |


